2015年02月06日

作家と職人の違いについての考察

職人と作家の違い…賛否ありそうなテーマだがあえてそこを論じてみたい。
職人は、英語ではcraftsman 、フランス語ではartisan、ドイツ語ではmeister…
英語のcraftsmanにはアーティスト的なニュアンスがやや薄いように思うが、artisan や meister には所謂アーティストたる作家と職人との別が希薄なように思う。これは、モノを作る人を敬う思想に起因しているのではないかと思うのである。

日本語で言う作家さんは、自ら意匠を決めて自ら制作する人をさすのであって、職人とは区別するように思う。もちろん日本においても、伝統的な職種においては、作家のように意匠を決めて制作する人であっても作家と呼ばず職人という。たとえば陶芸家や友禅染などの染物、西陣などの織物や杜氏を始めとする酒造りなどだ。
ここにはドイツのマイスター制度と同じ、職人を敬愛するモノづくり日本の精神がある。

では建築の職人はどうか?
建築では個々の職人は設計図の元に仕事をしていく。定められた意匠を忠実に制作する仕事にクリエイティヴィティはあるのかどうか…答えは「ある」。個々の職人に与えられた制作課題の中で、各自それぞれの技量と手法によってそのソリューションは全く異なる。その総体である建築は全く異なってくるのである。
これはオーケストラに似ている。いうまでもなく、設計図は楽譜であり、指揮者は監督である。個々の職人はそれぞれの楽器のパートである。それぞれの奏者がどのような仕事をするかが、総体としての音楽を決定付けていく。たとえばホルンパートの一奏者はクリエイティヴィティがないかと問えば明らかにそんなことはない。職人も同じだ。同じ楽譜、同じ指揮者であっても、N響とジュニアオーケストラと、ウィーンフィルじゃ、全然違う。
大工や左官、建具といった花形の職人のみならず、電気屋や水道屋、足場屋、すべて揃って成り立っているのが建築現場にほかならない。その全てが存分に仕事をして、いい家ができる。

だから私は一人ひとりの職人を心から尊敬するし、仕事の質を要求する。それが総体としての建築を大きく変えるからだ。職人や施工者を相見積もりで決めるような設計者は、楽譜だけ書いて演奏を問わないのと同じことだ。音楽ならそれもいいが、建築の場合、施主の目的は図面ではなく、出来上がった建物である。だから自分の図面を最善の形で実現してくれる職人仲間達に対して、感謝と尊敬の念にたえない。

先生と呼ばれる作家も愛する職人仲間も、どちらもドイツ語ならmeisterであろうか?
少なくとも私の中に区別がないが、そもそも日本は文化として、芸術家と職人を区別なく敬う文化であったのではないかと思う。職人にもっともっと誇りを、そして尊敬される世の中に…それがアトリエイデアの願い。
作家であろうと職人であろうと、手を動かしてモノを作り出すその仕事の尊さに貴賎などあるはずもない。


posted by アトリエイデア at 23:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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